今回のコラムでは、カーブアウト(Carve out)を取り上げます。カーブアウトといっても聞き慣れない言葉ではないかと思います、直訳すると「Carve out=切り出す」、ビジネスの世界では、経営戦略として、企業が事業の一部分を切り出し新しい事業体として独立させることで、その事業価値を高める手法といった意味があります。
それでは、インフラシェアリングにおけるカーブアウトは、どのようなものでしょうか?
新たな資産価値を生み出し、新たな事業として再構築
筆者は、カーブアウトは、携帯電話業界においてゲームチェンジをもたらす可能性があるものと見ています。その解説の前に、まずは、通信業界におけるカーブアウトの日本での状況を、海外での取組みを交えながら見ていきましょう。
2022年3月、ドコモがJTOWERに通信鉄塔最大6,002本を譲渡する契約を締結するという発表がなされ、通信業界で大きな話題となりました。
JTOWERでは、ドコモに加え、NTT東日本、NTT西日本から、既設の鉄塔を買い受ける基本契約を締結しています。(2023年10月31日時点)
- ドコモ:7,554本
- NTT東日本:136本
- NTT西日本:71本
この中でも、特にドコモから譲受する鉄塔については、数量も多く、かつドコモが携帯電話事業に必要な基地局設置のために今後も長期間、利用し続けることになっています。
携帯キャリアが、このような将来にわたって利用する相当数の鉄塔をシェアリング事業者に売却するケースは、日本では最初のケースとなりました。
JTOWERでは、買い受けた鉄塔に新たな利用者を誘致し、共用鉄塔として新たな価値を生み出す事業を行っていくことになります。
ここまで、少し長くなりましたが、インフラシェアリングにおけるカーブアウトとは、既存の鉄塔資産を新たなシェアリングの事業体が運営することで新たな資産価値を生み出し、新たな事業として再構築することを意味しています。
次に、なぜカーブアウトがゲームチェンジになるのかを解説していきます。
売り手、買い手、利用者、それぞれの視点
今まで、日本の携帯キャリアが行う通信インフラの構築は自前主義が支配的であり、それが他社との差別化、競争力の源泉になっていました。
それでは、今回なぜ、NTTドコモがその競争力の源泉の一つである鉄塔資産の売却を行ったのでしょうか、このことがもたらす意味について、売り手と買い手、加えてどのような利用者がメリットを得られるのか、それぞれ異なる3つの視点でみていきます。
売り手:携帯キャリア
日本では、大手3携帯キャリアの競争が相当程度進み、通信ネットワークによるエリアの広さは差別化要因にならなくなりました。こうした背景から、カーブアウトによって、ROIC*など、株式市場から評価される財務指標の改善が見込まれることも大きなメリットです。
*ROIC(Return On Invested Capital):投下資本に対してどれだけ利益を生み出しているかを現す指標。鉄塔等を売却することで資産から外れ、資本効率の向上が図られる。
参考情報として、「NTTアニュアルレポート2022」における記載を引用します。
キャピタルアロケーション(ページ22)
また、非効率な資産や遊休設備の処分、設備のシェアリングによる投資の抑制等を通じて、資産を圧縮しつつキャッシュを確保し、資本効率を上げていく取組みも進めています。NTTドコモでは、2022年3月に、保有する通信鉄塔最大6,002基を株式会社JTOWER社へ売却することを発表しました。こうした取組みにより、鉄塔の維持運用コストを低減し、5Gネットワークの整備を促進することが可能となります。
実は、この鉄塔等設備の資産売却は諸外国では先行して盛んに行われてきました。
【諸外国の事例】
ここでも日本は大きく立ち遅れていたわけです。
通信事業は設備産業であり、先行投資を含む設備投資は避けて通ることはできません。他方、できるだけ保有資産を軽くすることで財務指標の改善を図ることは、昨今株式市場の評価を高める上で重要な財務戦略となっていることが見て取れます。
今回のNTTドコモの鉄塔等設備の売却については、日本の他の携帯電話事業者より先んじて行われており、大きな経営判断であったと考えます。
買い手:シェアリング事業者
買い手としては、不動産のアセットマネジメントを行う事業体ではなく、シェアリング事業者が保有することに意義があると考えています。
鉄塔等の設備は、携帯電話事業を行うにあたり利用が不可欠なものであり、インフラへの投資額の中でも大きな割合を占めるものです。この必要不可欠な鉄塔等設備をシェアリング事業者が保有し、自らの事業として他の携帯キャリア等の利用を促進させることで、既設資産の価値向上を図り、公益性の高い資産として利用効率を高めることができます。
利用効率を高めることで、売り手側にとっても継続的に利用する鉄塔等設備にかかる運用コストの削減につながります。
JTOWERでは、今後はさらに鉄塔の統廃合として、同じエリアに設置された携帯電話事業用途等の鉄塔を集約するといった施策にも取り組んでいくこととしています。
本件では鉄塔等設備が対象になっていますが、このような公共性の高い既存設備の有効活用は、「サステナブルな社会」の実現に向けて、社会全体で推し進めることが必要な施策であると考えます。
新たな利用者
鉄塔等設備の共用環境が整備されれば、ネットワーク整備の選択肢になり、自らが新たに鉄塔等設備を建設する必要性がない、ということは利用者側のメリットになります。
利用者側の期待に沿うためには、買い手側であるシェアリング事業者にて、スムーズな情報開示や分かりやすい提供条件の設定に加え、利用の検討に資する、また潜在需要を掘り起こすようなスキームを用意する必要があります。
ユースケースについては、以下の場合が考えられます。
- 新たに基地局設置を行う場合や設備更改が必要になる場合
携帯電話事業者、ケーブルテレビ事業者(地域BWAやローカル5Gなど)、LPWA等センサーネットワーク事業者 等 - 既存無線設備のインフラ維持が困難な場合
地方における放送ネットワークインフラの効率化が求められる放送事業者、公共用無線設備の継続的な維持が必要な地方自治体 等 - その他、環境センサ等の設置を行う場合
ゲームチェンジに向けて
日本の携帯電話の事業モデルは、携帯電話市場の拡大に支えられ、自前主義によるエリア整備や、3G/4G/5Gといった規格の世代交代によるネットワーク整備の推進といった基本構造が続いてきました。しかし、携帯電話事業者間の料金競争が続く昨今の事業環境下においては、今後も設備投資はより抑制的になるものと推測されます。
そのため、より効率的にインフラ整備を行っていくために、携帯電話サービスの差別化要因になりにくい鉄塔等設備のような資産は、他業者が利用する競争上のマイナス要素を許容しても、カーブアウトによって別の事業体へ切り出し、同時に、運用コスト等固定費の削減を行うという、これまでの基本構造を変えていくような判断が進んでいくのではないでしょうか。これにより、カーブアウトで新たな原資を生み出し、限られた経営資源を、新たな競争領域へと振り向けることが可能となります。
このように、カーブアウトは、他社との差別化を図り市場における競争力を向上させるエンジンとなること、さらに、通信インフラ構築の在り方など事業構造をも変化させ得る可能性がある将来像を見据え、「カーブアウトはゲームチェンジをもたらすもの」という見解に至りました。
シェアリング事業者は、このゲームチェンジを具現化するプレイヤーの一人として、鉄塔等設備の共用化を通して利用者にどのような価値の還元ができるのか、問われていくものと考えています。
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